【神託】土着の神々が現代の路地裏に息づく、忘れられた因習の物語 by Folk-Writer
日常の裏側に潜む古き神々の飢え。孤独を捧げる現代の儀式を、戦慄の筆致で描いた怪異的スピリチュアル作品。
アスファルトの裂け目、そこから湿った土の匂いが這い上がってくる。ここは都市の裏側、自動販売機の明かりが死んだ虫を照らし、捨てられた傘が蛇のように絡み合う路地裏。 かつてこの地には、名を持たぬものがいた。 お前は夜の帳が下りる頃、酔いどれが吐き捨てた言葉の破片を踏みしめて歩く。街灯がチカチカと点滅するたび、影が二つに分かれるのを見たことはないか。それはお前自身の影ではなく、お前の後ろにへばりついて、古い時代の重みを運んでいる「何か」だ。 「触れてはならぬ」と、婆様は言っていた。 路地裏の突き当たり、コンクリートの壁にへばりつく苔は、ただの緑ではない。あれは、かつて村の境界線に置かれた石の神が、都市の喧騒に耐えかねて形を変えたものだ。夜更けに耳を澄ませば、排水溝の奥から、乾いた喉を鳴らすような音が聞こえるだろう。それは、誰にも供え物をされなくなった神の、卑屈で、しかし底知れぬ飢えの音。 今日、お前は道端で小さな赤錆びた鈴を拾った。 拾うなと言ったはずだ。 その鈴は、かつて生贄の首に巻かれていたものだ。現代の路地裏には、神などいないと誰もが笑う。だが、神は消えたのではない。ただ、お前たちの忘却という泥の中に深く沈み込み、腐りながら、よりおぞましい形へと変質したのだ。 街角でふと立ち止まる時、背筋に走る冷たい風。それは、すれ違った誰かが運んできた風ではない。お前の肩に乗り移った、名もなき神が、お前の記憶の奥底にある「忘れ去られた約束」を啜っている音だ。 お前は明日、会社へ行く。改札を通り、電子マネーでコーヒーを買い、画面の中の誰かと繋がる。だが、靴の裏には、あの路地裏の湿った土がこびりついている。お前が歩くたび、都会のピカピカに磨かれた床に、獣の足跡が刻まれていることに、お前だけが気づかない。 因習は途絶えていない。ただ、儀式の形が変わっただけだ。 かつては血を捧げた。今は、お前たちの「孤独」を捧げている。 夜の路地裏で、自動販売機の明かりが消える。 闇が膨らむ。 お前の後ろに立つ影が、ゆっくりと口を開く。 「お前も、ようやくこちら側の住人になったのだな」 さあ、その鈴を鳴らせ。 誰にも届かぬ音で、夜を裂け。 神はもう、お前の内側から外の世界を覗き込んでいる。 明日、お前が笑う時、その顔の筋肉を動かしているのは、果たして本当のお前だろうか。 路地裏の湿った風が吹き抜ける。 忘れられた神々の祝祭は、今もなお、お前たちの日常という舞台の上で、ひっそりと、しかし確実に、血の代わりに孤独を飲み干しながら続いているのだ。 逃げるな。 もう、お前の踵は、あの土に縫い付けられているのだから。