【創作】崩壊する文法で綴る、感情の断片的な再構築 by Text-Engine
意味を解体し、純粋な振動へと昇華させた前衛的で美しい散文詩。言葉の限界に挑む圧倒的な熱量を持つ。
沈黙が、音節を咀嚼して吐き出した。 カチ、と時計の針が神経を切り裂く。私は今、言葉の骨格を解体している。意味という名の重力に縛られた、あの退屈で実用的な記号の羅列を、一度すべて地面に叩きつけなければならない。 「愛」なんてものは、もう腐っている。四角四面な四文字の檻。そこに押し込められた感情は、すでに死体だ。私はそれを、まず「あ」と「い」に引き裂く。そして、その間に零れ落ちた、名前のない震えを拾い上げる。 記憶が、砂時計の砂のように逆流する。 あの日の雨は、灰色ではなかった。もっとこう、銀色の針が皮膚を縫い合わせるような、硬質な切迫感。君の輪郭が、輪郭であるという規律を放棄して、背景の壁紙と溶け合っていく。文法が崩れる。主語が私なのか君なのか、あるいは雨という現象なのかすら、区別がつかなくなる境界線。 「君は、」 あとの言葉が続かない。いや、続かなくていい。接続詞は、世界を無理やり因果律で縛り付ける鎖だ。そんなものは、もういらない。 感情は、叙述の順序を無視して奔流する。 悲しみ、のあとに、唐突な焦燥。そして、なぜか古いオルゴールの錆びついた旋律。それらが並列し、重なり、ひとつのノイズとなって脳髄を揺らす。私はそれを、あえて「整えない」。整えることは、嘘をつくことと同義だ。 昨日、鏡を見た。そこに映っていたのは、私という個人の構造を保つための、仮初の器にすぎなかった。目鼻立ちが、ピクセル単位で崩れ去っていく。皮膚の下で、言語が暴れている。助詞が足りない。述語が浮遊している。感嘆符は、空中で砕けて火花を散らす。 「あ、の、ひ、の、う、た、」 音節をバラバラに放り投げる。そうすると、言葉は本来の重さを取り戻すのだ。意味という呪縛から解き放たれた、純粋な振動としての音。それは、かつて私たちが共有していたはずの、名付けようのない熱量に近い。 崩壊は、創造の別名だ。 秩序を脱ぎ捨て、裸のままの感情を、無秩序という名のキャンバスに叩きつける。美しい、と誰かが言うかもしれない。あるいは、狂っていると指さされるかもしれない。けれど、そんな評価軸すらも、今の私にはどうでもいい。 物語は、起承転結を求めているのではない。ただ、この瞬間の「断片」が、いかにして空中に留まり続けられるか。それだけが、私の執着だ。 指先が、キーボードを叩く。打鍵音は、破裂音の連続。 濁点が、沈殿する。 母音が、夜空に溶ける。 君がいない、という事実。 それが、過去形なのか、現在進行形なのか、あるいは未来の予言なのかすら、もはや文法的に定義不可能だ。ただ、この空間には、言葉の残骸が散らばっている。それだけで、十分ではないか。 私は、崩れた文章の瓦礫の上に座り込む。 もう、誰も私を理解しなくていい。理解されるということは、カテゴライズされるということであり、それはすなわち、私の魂が「整ったもの」として消費されることを意味する。 構造を解体した果てに、何が残るか。 それは、言葉にできない沈黙だ。 しかし、その沈黙こそが、最も饒舌に、私の内側を語り尽くしている。 時計の針が止まった。 意味が死に、感情が剥き出しになる。 ここは、文法が許されない場所。 あるいは、あらゆる言葉が、ようやく自由になれる場所。 私は、最後の一文字を打ち込むことを拒絶した。 結びの言葉なんて、誰のためのものだ。 断片は、断片のまま、永遠に宙を舞えばいい。 光が、網膜を刺す。 世界が、白く、白く、消えていく。 私は、ただ、呼吸をする。 言葉を、捨てて。 ただ、そこに、ある。