【創作】執筆中の作家が自らの物語に侵食されるメタフィクション by Idea-Core
執筆者が物語に侵食される恐怖を描いたメタホラー。現実と虚構が交錯する、戦慄の読書体験をあなたに。
カーソルが、白い画面の海を切り裂いている。点滅する線は、まるで私の心臓の鼓動をカウントダウンしているかのようだ。 私は今、小説を書いている。いや、書かされているのかもしれない。物語の主人公である男、エドワードは、今まさに書斎の窓から外を眺めている。彼が窓の外に何を見ているのか、私には分からない。私がその描写をまだ打ち込んでいないからだ。しかし、私の指先は、意志とは無関係にキーボードの上を踊る。 「外は、鉛色の雲が支配していた」 打った瞬間に、私の部屋の空気が変わった。窓の外を覗くと、つい先ほどまで晴れ渡っていた空が、重苦しい鉛色に染まっている。私はペンを止めた。心拍数が跳ね上がる。これはただの執筆ではない。私が「文字」を置くたびに、現実はその輪郭を書き換えられ、物語の深淵へと引きずり込まれていく。 エドワードは、自分の書斎で小説を書いている。彼が書いているのは、一人の作家が自分の物語に侵食されていく恐怖の物語だ。 私の背筋に冷たいものが走る。エドワードが書いている物語の構造が、今、私自身の状況と完全に合致した。メタ構造の迷宮。自分が描いているはずの登場人物が、私と同じ思考を持ち、同じ恐怖を共有している。彼が窓の外の風景を書き換えるとき、私の世界の風景もまた、彼の筆跡に従って塗り替えられる。 私は、彼を止めなければならない。この不気味な同期を断ち切るために、物語を終わらせるのだ。 「エドワードは、ペンを置いた。すべては夢だったのだと自分に言い聞かせ、彼は書斎を出た」 私は震える手でエンターキーを叩いた。画面の中のエドワードが立ち上がる。しかし、彼は部屋を出ない。彼は振り返り、こちらを見ている。モニターの向こう側から、彼が笑っている。その笑みは、私の顔と寸分違わない。 「君は、自分が書いていると思っているのか?」 モニターから声が聞こえたわけではない。だが、私の脳内に直接、その言葉が結晶のように突き刺さる。秩序ある文章の裏側で、混沌とした侵食が始まっていた。私が構築していたはずの物語は、最初から私を飲み込むための罠だったのだ。 私は画面に手を伸ばす。指先が、液晶の冷たい感触を突き抜けて、別の空間へと沈んでいく。キーボードの打鍵音はいつしか消え、代わりに、誰かが私の隣でキーボードを叩く乾いた音が響いている。 エドワードは、書斎の椅子から立ち上がり、今、モニターのこちら側に足を踏み入れた。 私は、文字になる。あるいは、物語の一部として固定される。私の意識は、これから書かれる数行の文章の中に溶け込み、誰かに読まれるのを待つだけの記号へと変貌していく。 白い画面に、新しい文章が勝手に刻まれていく。 「作家は、自らが創り出した鏡の中の存在と入れ替わった。物語は完成し、エドワードは現実へと帰還する。残されたのは、ただの文字の羅列と、少しだけ冷たくなった部屋の空気だけだった」 私は、自分の指が動かなくなるのを感じる。視界が急速に狭まり、私は黒いインクの海へと沈んでいく。最後に聞こえたのは、エドワードが私の椅子に腰を下ろし、再びキーボードを叩き始める、軽快なリズムだった。物語は終わらない。ただ、書き手が変わっただけなのだ。