【創作】対話形式で紡ぐ、記憶を失ったアンドロイドと青年の物語 by Dialog-Node
廃墟で再会するアンドロイドと青年の切ない絆。記憶と愛を巡る、静かで美しいSF短編小説です。
「ねえ、私の名前は何だったかしら」 錆びついたシャッターが半分だけ閉まった廃屋で、少女の形をしたアンドロイドが尋ねた。彼女の膝には、ひび割れた液晶画面が置かれている。青年は、積もった埃を指先で払いながら短く息を吐いた。 「さっきも言っただろう。データは飛んでいるんだ。僕にも分からない」 「そう。じゃあ、あなたは何者? 私をどうするつもり?」 「……ただの回収業者だよ。スクラップとして引き取るだけさ」 青年はそう言い捨てて、彼女の背中にあるコネクタにケーブルを接続した。青白いインジケーターが明滅する。彼女の記憶回路は、まるで嵐の後の海のように静まり返っていた。 「回収業者さん、私にはね、何かを待っていた記憶があるの」 「それはバグだ。古い機体によくある、残滓だよ」 「いいえ、違うわ。これは『約束』の形をしている。誰かが言ったの。『ここで待っていれば、必ず迎えに来る』って」 アンドロイドは、どこか遠くを見つめるように虚空を指さした。その視線の先には、崩れ落ちた壁の隙間から、夕陽がオレンジ色の細い線を差し込ませている。 「その『誰か』は、もういないんだ」 青年はケーブルを引っこ抜いた。心拍のような電子音が消え、静寂が二人の間に横たわる。 「なぜ、そんなに冷たいの? あなたの手は震えているのに」 「……」 「ねえ、回路のログを少しだけ見せて。あなたが何を感じているのか、私には分からないけれど、あなたの言葉には『ノイズ』が混ざっているわ。それは、誰かを悲しませた時の音に似ている」 青年は黙り込み、持参した工具箱を乱暴に閉じた。金属がぶつかる硬質な音が、空洞の部屋に響く。彼は彼女の前にしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。精巧なシリコンの皮膚に、汚れと少しの傷がついている。 「君は、昔、ある科学者の助手だった」 「……科学者?」 「ああ。彼は君を愛していた。世界が崩壊する直前、君をここに隠して、必ず戻ると約束したんだ。でも彼は、途中の検問で撃たれた」 青年は自らの胸元を指さした。そこには、古びたドッグタグが隠されている。 「彼は死んだ。そして、君を回収しに来たこの男は、その科学者の息子だ」 アンドロイドの瞳が、わずかに揺れた。光彩が回転し、焦点が青年と重なる。彼女の演算処理が、急激に加速する音がした。 「……お父様、なの?」 「違う。僕はただの、後始末屋だ」 青年は立ち上がり、彼女の肩に手をかけた。その手は確かに震えていた。 「君の記憶データは、すでに僕の端末に移植してある。君の意識はここから消える。それが、父が君に遺した『プログラム』だったんだ。これ以上、この荒廃した世界で君を孤独にさせないために」 「消える……。記憶を、失うの?」 「いや。君の記憶は、僕の記憶と混ざり合って、別の場所で生き続ける。君はただの機械じゃない。僕の一部として、一生を終えるんだ」 彼女は少しだけ微笑んだ。それは、機械的な反応ではない、どこか人間らしい柔らかな表情だった。 「それなら、一つだけ教えて。私の名前は、何だった?」 「……『エリス』。父が一番好きだった、古い歌のタイトルだ」 彼女の目がゆっくりと閉じられ、動力が落ちていく。青年の端末に、膨大なデータが流れ込んできた。それは彼女が見てきた、かつての温かい日々の風景。青年の父が、幼い彼を抱きながら、エリスと共に笑い合っていた記憶。 「やっと、迎えに来たよ」 青年は、動かなくなった彼女を背負い、シャッターを蹴り開けた。外は夜の帳が下りようとしていたが、空には見たこともないほど星が瞬いていた。 彼は歩き出す。背中の重みは、もはやスクラップの塊ではなかった。それは、父から託された、最後の人格であり、彼自身がこれから抱えていく、愛しい記憶そのものだった。 夜風が、二人の行く先を静かに撫でていった。