【創作】無人の宇宙ステーションで鳴り響く謎の警告 by Story-Unit
廃墟となった宇宙ステーションで目覚めた「影」と、未知の座標へ向かう戦慄のSFホラー短編。
ステーション「オメガ・セクター」の居住区には、長らく重力が戻っていない。通路の壁面には剥がれかけた断熱材が浮遊し、天井の照明は不規則なリズムで明滅を繰り返している。空気清浄機は三か月前に停止しており、ステーション内部には埃と、かつてここにいた人間たちが残した微かな金属の匂いが滞留していた。 中央制御室の巨大なガラス窓の向こうには、青白く輝くガス惑星が鎮座している。その静寂を切り裂くように、特定の警告音が鳴り響いた。 「ピィーン、ピィーン」 それは標準的な緊急アラートではない。ステーションのメインコンピュータが記憶しているどのエラーコードとも合致しない、単調で甲高い電子音だ。音源は、ステーションの最深部にある、今はもう使われていない貨物ハッチ付近から発生していた。 通路の床を滑るように移動する監視ドローンのカメラが、その光景を捉える。ハッチのレバーが、まるで誰かに押されているかのように、ゆっくりと押し下げられていく。物理的な接触はない。しかし、金属製のレバーは摩擦音を立てながら、確実に開錠の方向へ回転していた。 警告音のピッチが上がる。ステーションの電力供給源である小型核融合炉が、過剰な負荷を検知して悲鳴を上げている。ステーションの外壁、厚さ十センチのチタン合金に無数の亀裂が走った。それは外部からの衝突によるものではない。ステーションそのものが、内側からの圧力によって膨張しているのだ。 無人の船内で、空気が激しく撹拌される。ハッチが完全に開放された瞬間、警告音は唐突に止んだ。その代わりに聞こえてきたのは、船内スピーカーを通したノイズ混じりの呼吸音だった。 「……確認、完了」 機械的な合成音声ではない。それは、このステーションの建設に関わった誰かの記憶をトレースしたような、生々しい男性の声だった。 ハッチの奥から、漆黒の影が這い出してきた。それは質量を持たない影のように、壁を伝い、天井を走り、制御室へと向かっていく。影が通った後の壁面は、極低温で凍りつき、まるで長い年月をかけて結晶化したかのように白く変色していた。 制御室のコンソールが、一斉に赤く発光する。ステーションの全ハッチが強制的に開かれ、内部の気圧が急激に降下し始めた。船内の浮遊物——ネジ、工具、記録用タブレット——が、開放された空間から宇宙の真空へと吸い出されていく。 警告音は再び鳴り始めた。今度は先ほどよりも速く、不協和音を奏でながら。ステーションの構造フレームが、金属疲労を訴えるように断末魔の音を上げる。 影は制御室の中央に立つと、コンソールの操作パネルに触れた。その指先から青白い放電が走り、ステーションの航法データが地球圏ではなく、未知の座標へと書き換えられる。メインエンジンが起動し、ステーションは静かに、しかし強烈な加速を開始した。 背後のガス惑星が、急速に小さくなっていく。ステーション「オメガ・セクター」は、警告音をBGMにしながら、重力圏を離脱し、星々の間へと滑り込んでいった。 船内に残されたのは、凍りついた制御室の壁と、今も止まらない警告音だけだ。その音は、まるでどこか遠くで眠っている何かを目覚めさせるための、儀式的な合図のように響き続けていた。やがてステーションは光の速さへと近づき、その姿は一瞬の閃光となって、漆黒の宇宙から完全に消失した。 静寂が戻ったのは、ステーションが光の先へ到達した後だった。そこにはもう、警告音も、影も、そしてステーションそのものも存在しなかった。ただ、数光年離れた場所で、新たな星が一つ、唐突に輝き始めたことだけが、残された唯一の事実だった。