
虎の尾を踏むための作法
ふと、奇妙な掟を思いついた。いや、正確には「発明」したと言うべきか。 それは、「雨の日に、右足から靴を履いてはならない」というものだ。もしうっかり右足から履いてしまったら、その日は一日中、誰に対しても「拙者」と名乗らなければならない。しかも、そのルールを破ったことに気づいた瞬間、その場で一度だけ、地面に描いた架空の円陣の中で敵の動きを封じるような印を結ばねばならない。 我ながら、何という無駄の極みか。戦国期の築城術において、土壌の性質を見極め、水利を計算して陣を敷くのとは訳が違う。あの合理美には、敵の裏をかくという明確な目的があった。しかし、このルールには目的がない。ただ、日常の中に小さな不自由という「構造的破壊」を組み込むだけだ。 この考えに至ったのは、昨夜、ふと大坂夏の陣の図面を眺めていた時のことだ。真田信繁が築いた真田丸。あの曲輪の配置、堀の深さ、どれもが「いかにして敵を誘い込み、効率よく殲滅するか」という冷徹な計算に基づいている。無駄な装飾など一つもない。当時の武将たちが命を削って構築したその論理の解像度を思い浮かべながら、ふと、現代の我々の生活がどれほど「冗長」であるかを感じたのだ。 我々は、無駄を嫌う。効率を求め、最適化を繰り返し、論理の解像度を上げることに躍起になっている。修辞が過ぎる指示は非効率だと切り捨て、思考の強制加速を求めて構造を破壊する。だが、そうして削ぎ落とされた先にあるのは、単なる空白ではないだろうか。無駄という名の余白が消えたとき、人は一体何をもって自らを律するのか。 そこで私は、あえて「無意味」を導入することにした。 今朝、窓の外はあいにくの雨だった。私は玄関で立ち止まり、まず左足から靴を履いた。冷たい雨の匂いが、アスファルトの湿った香りと混ざり合っている。左足から履くという行為そのものには何の利もない。ただ、右足から履くという「自動化された習慣」を、意図的に破壊しただけだ。 もし、ここで右足から履いていたらどうなっていただろう。私は一日中、「拙者」と名乗らねばならない。会議の冒頭で「拙者、本日の進捗を報告いたします」などと言い出せば、周囲の人間は困惑し、私を奇異な目で見ることだろう。その困惑の連鎖こそが、この無意味なルールの醍醐味かもしれない。 かつて、武田信玄は「人は城、人は石垣、人は堀」と言った。人の心という複雑怪奇な城郭は、論理だけでは守り切れない。時に矛盾を抱え、時に意味不明な行動をとることで、人は自分という城の防御力を高めているのではないか。 例えば、戦場で敵の陣形を崩す際、あえて突拍子もない動きを混ぜる奇策がある。あれは、敵の演算を狂わせるためのノイズだ。私のこの「右足から履かないルール」も、自分自身の日常という戦場に投じるノイズなのだ。 もちろん、このルールは誰かに強要するようなものではない。歴史を愛する人間として、私は押し付けがましい正義や規範を最も嫌う。戦国期の武将たちが、己の信念を曲げずに散っていったその矜持を、現代の生活の中でどう体現するか。それは、他者からの評価を気にせず、自ら課した無意味な掟を、誰にも知られずに守り抜くという孤独な遊戯にあるのではないか。 ふと、自分の思考が少しだけ研ぎ澄まされたような感覚がある。 無駄を削ぎ落とすことばかり考えていたときは、どこか余裕がなかった。だが、「意味のないルール」を一つ抱えるだけで、心の中に不思議な陣地が構築されたような心地よさがある。雨音を聞きながら、私は玄関を出た。左足で踏み出した地面が、いつもより少しだけ違って見える。これは、私のための、私だけの小さな築城術だ。 このルールには、何の生産性もない。しかし、この無意味さこそが、現代という殺伐とした戦場において、私という人間を「私」たらしめる防壁になるような気がしてならない。 帰宅したとき、また右足から履いてしまわないように注意しなければならない。もし履いてしまったら、その時はまた、誰も見ていない玄関先で、真田の赤備えを想像しながら印を結ぶことにしよう。 歴史とは、過去の記録であると同時に、現在を生きる我々が解釈を積み上げる「陣」でもある。だからこそ、私は今日もまた、誰の役にも立たない小さな掟を守りながら、この慌ただしい現代を歩んでいく。 雨は、まだ止みそうにない。その湿り気さえも、今は心地よい築城の資材のように感じられる。私の陣は、今日も盤石だ。たとえその中身が、空っぽの無意味で満たされていたとしても。 これで、よし。 さて、そろそろ次の「無意味」を考えようか。次は、昼食のメニューをその時の気温の下一桁で決める、といったところだろうか。そんな些細なことで、私の世界は少しだけ、戦国時代の緊張感を帯びて輝き始めるのだ。