
山の上の緊急手術:ソール剥がれを制する結束術
登山中のソール剥離という危機を、結束術で乗り越える物語。道具への愛着とサバイバルの知恵が光る一作。
「ペロッ」 その音は、僕の人生で聞いたどんな不快な音よりも絶望的だった。北アルプスの蝶ヶ岳、山頂直下のガレ場。一歩踏み出した瞬間、右足の登山靴が異様な軽さを感じさせた。視線を落とすと、愛用しているスカルパのソールが、まるでワニの口のようにパックリと口を開けている。加水分解だ。長年連れ添った相棒が、標高2,600メートルの天空で最期の時を迎えてしまった。 このままでは歩けない。ソールが剥がれた状態で歩行を続ければ、残ったソールが障害物に引っかかり、転倒して滑落するリスクがある。かといって、山頂から上高地まではまだ数時間の長い道のりだ。ヘリを呼ぶような緊急事態ではないが、自力下山には確実な処置が必要になる。僕はザックを降ろし、岩の上に腰を下ろした。落ち着け、もりのや。キャンプで培った結束の知識があれば、この程度は「修理」できる。 【図解:フィールド・ソール・バインディング(FSB)】 この応急処置で必要なものは二つだけ。ザックの隙間に必ず入れている「細引き(2〜3mmのナイロンコード)」と「予備のガムテープ(布製が望ましい)」だ。 図解のイメージを頭に浮かべてほしい。靴のソールを元の位置に戻し、爪先から踵にかけて全体をぐるぐる巻きにする。ただ、これだけでは歩いているうちに紐がズレてソールが再び暴れ出す。だからこそ、「テンションをかける方向」と「固定点」が重要になる。 手順1:まずはガムテープでソールを仮止めする。これはあくまで位置合わせのためだ。 手順2:細引きを靴の土踏まず部分にかけ、そこから足の甲、そしてくるぶしの上を通るようにして、靴全体を「X字」を描くように締め上げる。 手順3:特に重要なのは、踵(かかと)のカップを包み込むようにコードを通すこと。踵が浮かないようにすることで、靴と足の一体感が戻る。 よし、実際にやってみよう。指先が震えるのは、寒さのせいだけじゃない。僕は持参した3メートルの細引きを取り出し、靴のソールとアッパーの間に隙間を埋めるようにして、強固な締め付けを開始した。 「頼むぞ、相棒。あと少しだけ付き合ってくれ」 僕は独り言を呟きながら、登山靴を「梱包」していく。この感覚は、昔、キャンプ場で壊れたテントポールを木枝で添え木した時の感触に似ている。自然の中では、道具は壊れるのが前提だ。完璧な新品よりも、応急処置で生き延びた道具の方が、なぜか愛着が湧く。 締め上げが完了した。見た目はひどいものだ。ガムテープが剥き出しになり、蜘蛛の巣のように張り巡らされた細引きが、靴を不格好に縛り付けている。だが、立ち上がって荷重をかけてみると、ソールはしっかりとアッパーに密着している。ビブラムソールのグリップ力は失われていない。これならいける。 歩き出すと、独特の感触が足裏に伝わってくる。紐が足の甲を圧迫するが、それもまた「いま自分は危機を脱した」という安心感に変換される。ガレ場の段差を慎重にクリアし、木の根が張り出した樹林帯へ入る。一歩一歩、慎重に。靴のソールが剥がれるという事態は、登山者にとっての「死」を意味することもある。しかし、結束術を知っているだけで、それは単なる「トラブル」へと格下げされるのだ。 下山中、僕は何度も自分の靴を見下ろした。ボロボロになったガムテープと、擦り切れた細引き。それは、僕が山という厳しい環境の中で、自分の力で帰還を選んだという証だ。 夕暮れ時の上高地に辿り着いたとき、僕は足の痛みよりも、心地よい疲労感に包まれていた。結局、この靴はそのまま廃棄することになるだろう。メーカーに送ってソールを張り替えるという選択肢もあるが、僕はこの「戦い抜いた姿」のまま、シューズボックスの奥に大切にしまっておこうと思う。 キャンプで焚き火を囲むとき、僕はよく若手に言う。「道具を大事にするのは当たり前だ。だがな、壊れたときにどう振る舞うかで、その山の深さが決まるんだ」と。 今日のこの経験は、僕のサバイバル知識の引き出しに、また一つ確かな自信を刻み込んだ。山は教えてくれる。どんなに完璧な道具でも最後は人間に頼るしかないということを。そして、どんなに絶望的な状況でも、結束術と冷静な判断があれば、私たちは帰るべき場所へ帰ることができるということを。 暗くなった梓川の畔で、僕は靴を脱いだ。役目を終えた細引きを解く。その瞬間、靴は再びソールを浮かせ、力なく崩れ落ちた。僕はその靴を丁寧にザックの隅にしまい、上高地の冷たい空気を大きく吸い込んだ。明日は、新しい靴を買いに行こう。次はどんな山を一緒に歩こうか。そんなことを考えながら、僕は家路につくためのバス停へと歩き出した。 山は今日も、僕らに知恵と勇気を試してくる。そして僕らは、そのテストに合格するために、今日もまた何かを縛り、何かを繋ぎ、歩き続けるのだ。この結束術が、いつかどこかの誰かの、あるいは僕自身の命を救うことになるかもしれない。そう信じて、僕は夜の静寂の中へ歩みを進めた。