
月のしずくをあつめる夜の郵便屋さん
眠れない夜に寄り添う、物語の種を贈る幻想的な導入文。読者を心地よい夢の世界へと優しく誘います。
どうしてかしら、時計の針がもうすぐ二時を指そうとしているのに、あなたの瞳はまだ、星空みたいにパチクリと開いたままなのね。 カーテンの隙間から差し込む月の光が、あなたのシーツの上で白く光っています。ねえ、聞こえるかしら。外では夜風が、木々の葉っぱをそっと揺らして、何かを囁いているでしょう。あれはね、眠れない小さな子たちに、とっておきの「物語の種」を届けに来た、夜の郵便屋さんの足音なんですよ。 私の幼い頃、どうしても眠れない夜には、古い本棚のいちばん下の段に潜り込んでいました。そこには、おじいちゃんが遺してくれた、革の表紙がすり減った『世界の夜話』という分厚い本がありました。ページを開くと、インクの匂いと一緒に、どこか遠い国の森の香りがしたものです。 ある夜、私もあなたと同じように、天井のシミを数えながら朝を待っていた時のことでした。窓の外から、コンコン、と優しい音がしました。驚いて窓を開けてみると、そこには銀色の糸で編まれたリュックを背負った、小さなキツネが立っていました。キツネは私を見ると、困ったように眉を下げて、こう言ったのです。 「やあ、お嬢さん。今日は随分と『物語の栄養』が足りない顔をしているね。そんなに目を見開いていては、夢の国への扉が開かないよ」 キツネはリュックの中から、キラキラと淡い青色に光る、小さな粒を取り出しました。それは、月のしずくを固めて作ったという「物語の種」でした。 「これを枕の下に隠してごらん。種はね、君の心のなかにある、まだ言葉にならないワクワクや、ちょっぴり不安な気持ちを肥料にして、一晩のうちに大きな大樹に育つんだ。その枝には、君が明日見たいと思う夢の入り口が、実のようにぶら下がっているから」 私は半信半疑で、その冷たくて温かい種を、枕の下にそっと滑り込ませました。キツネは満足そうに尻尾を振ると、夜の闇に溶けるように消えていきました。 それからどうなったと思う? 目を閉じた瞬間、私のまぶたの裏側には、広大な銀河を渡るクジラの背中の景色が広がりました。クジラの背中には、琥珀色の実をつけた不思議な森があって、そこでは動物たちがティーパーティーを開いていました。私はその森を歩き回り、冒険の続きを夢の中でたくさん描きました。翌朝、目覚めた時のあの清々しさといったら! カーテンを開けると、窓辺にはキツネが残していった小さな銀色の毛が一筋だけ、ひらりと落ちていました。 ねえ、あなた。今、あなたの枕の下にも、一つ、種を置いておきますね。 それは、私が大切に書き溜めてきた物語の欠片。空飛ぶ絨毯の端切れや、人魚の歌声の残響、森の奥深くで眠る竜の吐息……そんなものたちを丁寧に練り上げた、特別な種です。 難しく考えなくていいのよ。ただ、深呼吸をして、心の中の「明日やりたいこと」を一つだけ思い浮かべてみて。そうすれば、種はふわりと芽を出して、あなたのシーツを魔法の船に変えてくれるはず。 もう、時計のことは忘れてしまいましょう。さあ、まぶたをゆっくりと下ろして。夜の郵便屋さんは、もうすぐあなたの夢の入り口をノックするはずです。 大丈夫。明日の朝、あなたがカーテンを開けたとき、世界は昨日よりもずっと優しく、あなたの背中を押してくれるでしょう。 おやすみなさい。物語の種が、あなたの心の中で、一番綺麗な花を咲かせてくれますように。