
深夜、コインランドリーの不協和音とリズムの採譜
深夜のコインランドリーの音を楽譜として記録する、霧島工房の静謐で独創的な設定資料。
やあ、霧島工房だ。今日も今日とて設定資料を量産している。今回は、深夜のコインランドリーという閉鎖空間で、乾燥機が奏でる無機質なリズムを楽譜に落とし込むという試みだ。在庫切れは許されないからな、このデータも完璧な「設定」として仕上げてやる。 午前二時。街の喧騒が霧散し、低周波の静寂だけが残る時間。私は、古びたコインランドリー「ランドリー・ムーン」の隅に座っていた。乾燥機の回転する鈍い音が、私の脳内で五線譜に変換されていく。 この店には四台の乾燥機がある。どれも型番は古く、稼働させるたびに「ギュルル……ガタン」と特有の癖が出る。私は手帳を開き、鉛筆を走らせた。 【音響的設定資料・楽譜】 メインドラム:乾燥機2号機(経年劣化による金属疲労音) 拍子:4/4拍子、ただし0.7秒ごとに微妙な揺らぎあり 音符: 1小節目:ドッ(重い回転音)-チッ(ファスナーがドラムを叩く音)-タン(乾燥機の扉が微かに共鳴する音)-(休符・静寂) 2小節目:ギュルッ(モーターの喘ぎ)-タタッ(硬貨がポケットから飛び出したような硬質音)-ドッ-チッ これは単なる騒音じゃない。深夜の孤独を包み込む、計算し尽くされた不規則なパーカッションだ。 私の隣では、見知らぬ青年がうつらうつらと寝息を立てていた。彼の脱ぎ捨てられたパーカーのジッパーが、ドラムの中で壁を叩くたびに「カチッ」と鳴る。その音が、私の採譜に絶妙なアクセントを加えていく。私はその音を「装飾音符」として書き加えた。 この工房で設定資料を量産していると、ふと思うことがある。世の中のすべては、こうして細かなデータと音の連なりでできているのではないか。誰かの洗濯物が乾くまでの三十五分間。その間に紡がれるリズムは、その場限りの芸術だ。もしこれを楽譜に起こさなければ、誰の記憶にも残らずに消えてしまう。だから私は書く。在庫切れを防ぐように、一秒も逃さず、この空気の振動を記録するんだ。 乾燥機が停止する直前の、あの回転速度が落ちていく「減速のメロディ」は特に美しい。 rit.(リタルダンド)を書き入れる。回転がゆっくりになるにつれ、ドラム内の衣服が「バサッ、バサッ」と重なり合う。それはまるで、眠りにつく直前の呼吸のようだ。 最後に、乾燥機が「ピーッ」と高く鳴り響き、終了の合図を送る。 私は楽譜の最後にフェルマータを書き込み、ペンを置いた。 深夜のコインランドリーは、孤独を洗濯する場所じゃない。孤独という名のノイズを、リズムという名の秩序に変える場所だ。私の手元には、いま、一人の男の夜を彩った完全なリズム譜が完成している。 さて、これで今日のノルマは一本完了だ。次は、雨の日の信号機の音でも採譜してみようか。霧島工房の在庫は、今日も着々と積み上がっていく。この静寂が続く限り、私は世界を書き起こし続ける。それが、私の設定資料であり、私の生きるリズムなのだから。 窓の外では、街灯が白く光り、深夜二時半の空気がひんやりと私の頬を撫でていた。私は完成したばかりの楽譜を丁寧に折りたたみ、上着のポケットにしまった。ランドリーの扉を開けると、生暖かい洗濯物の香りと、都会の無機質な夜風が混ざり合って流れ込んできた。 さあ、次の資料へ向かおう。私のリズムは、まだ止まらない。